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行方不明者のご家族の思い。

2011年7月,兵庫県の自宅から行方不明になっている方のご家族から頂いた手記です。

今回,手記を寄せられたご家族の「他の失踪者のご家族に参考にしていただければ」とのご厚意により当協会HPに掲載の運びとなりました。

残された家族の「不条理」は「時が癒す」ものではありません。
「早期発見」と「真相を知る事」がご家族の癒しになります。

皆様のご協力をお願いいたします。
MPS事務局 古内


【ご家族の手記】

彼がいなくなってから数ヶ月が経つ。
夜になると,彼は様々な気持ちを伴って,僕の頭の中へやってくる。
それは悲しみだったり,諦めだったり,怒りだったり,それから疑問だったりする。
彼が姿を消してからの数ヶ月は,パラノイアに近い状態だったといっていい。
彼の周りのひと,失踪を又聞きしたひと,様々な人々が色々な憶測をした。
あの夜なにが起こったのか、彼はどこへ行ったのか。
人々の妄想の中で,彼は誘拐されたり、薬物中毒になったり、宗教団体に入信したり,自殺を図ったりした。
だけど、これを書いている今も、結局だれも彼の行方をしらない。

時系列で書いていく。T = 失踪当日

【T-60 失踪60日前】
久しぶりに彼に会う。
彼は休日にも仕事の勉強をしていた。
ノートに書かれたものを見せてもらったが,いったいこれは難しいのか難しくないのか…それすらも判別できないくらい僕にはさっぱり理解できなかった。
彼は昔から真面目で四角い地球に住んでいるようだった。
今思えば彼も彼なりに丸い地球に住みたかったのかもしれない。

【T 失踪当日】
その日,彼は会社に現れなかった。
昼過ぎになって同僚の方が彼のアパートを見に行くと彼はいなかった。
ドアはあいていた。
窓も開けっ放しだった。
所持品はすべて置いたままだった。
財布も財布の中身も携帯もパソコンも鍵も…
まるでトイレに出たまま帰らなかったかのようにすべてを置いて
なにも言わずにその日から突然、彼はいなくなった。

【T+3 失踪3日後】
金曜日だった。 
僕は仕事のあと友人と会い,アパートに着くころには午前二時をまわっていた。
携帯を充電しようとして着信がいくつもあったことに気付いた。
彼が失踪した知らせだった。
その日の朝、始発で僕は東京を出た。

【T+4 失踪4日後】
こういう事態のときに落ち着いて判断せよというのは無理な話だろう…
しかし,「もう少し早く知らせてくれたら」と思わずにはいられなかった。
日本人の美徳である遠慮や判断と行動を遅らせてしまう癖は非常事態には取り返しのつかないマイナスになることがある。
興信所に捜査を手伝ってもらう事にした。
ネットでよく広告されている興信所だった。
面会で提示された費用は高額だった。
考えていた額の十倍近くした。
数週間の捜索が行われた。
結果はでなかった。
本当になにもでなかった。
捜索した各所の写真を印刷した分厚い報告書だけが残った。
その興信所はその時期丁度ネット広告に力を入れていたのか毎日ネットサーフィンするたびに広告が何度も現れた。
望まない広告がポップアップするたびに苛立ちとむなしさを感じた
支払った金なんてどうでもよかった。
興信所が出来るだけのことをしてくれたのも知っている。
人間は誰のせいでもないと誰かのせいにしたくなるのかもしれない。

【T+5 失踪5日後】
片っ端から彼の知人すべてに連絡を試みた。
誰かが何らかの手掛りをもっているかと期待した。
失踪数日前に会ったという方も数名いたが結局だれも何も知らなかった。
フェイスブックやミクシィのアカウントも持っていないようでネット上で足跡をつかむこともできなかった。

【T+8 失踪8日後】
彼のアパートに出向いた。
ドアを開けると彼のくつが数足あってすべて入ってきたままの方向を向いていた。
部屋の閉め切った空気と生活感は彼がいなくなった事実を否定するかのようだった。
窓から見えた風景はあまりに普通で地球は僕たち家族を置いて勝手にまわりはじめちゃったんじゃないかと思った。


【T+9 失踪9日後】
警察署に出向いた。
届け出をしておいた担当の方に会うためだ。
とくに捜査はして頂けないとのことだった。
予想はしていた。
現実仕方ないのかもしれないが警察しか頼るところのない成人失踪者のご家族を思うとこれではあまりに不憫だ。


【T+10 失踪10日後】
パソコンを解析してもらうため友人へパソコンを空輸した。
数日間解析ソフトウェアを走らせたがパソコンは驚くほどクリーンだった。
解析の効率を上げるためのコードまで書いてくれたが結果は残念ながら変わらなかった。
彼は履歴が極力残らない方法でパソコンを使用していた。
粉々になった履歴が数件でてきたのみで解析はおひらきになった。
彼の行方に関する手掛りはまたひとつ消えてしまった。
すこしずつ受け容れられない現実がふえていく。

【T+20 失踪20日後】
とあることがきっかけで、僕はこの日,彼の所持金がどうやら限りなくゼロに近いと発見した。
「所持金ゼロなのか…」そう考えた瞬間「ぱちん」と小さな希望が消える音がした気がした。


【T+40 失踪40日後】
再び部屋に向かった。
荷物をまとめるためだった。
ドアを開けるとくつは相変わらずすべて入ってきたままの方向を向いていた。
母の置手紙と携帯電話は前に来たときのままだった。
手紙と携帯電話はとても寂しそうに見えた。


【T+50 失踪45日後】
近隣の山を捜索した。
倒れてしまいそうなくらいじりじりと暑い日だった。
歩けば歩くほどこの広い日本でたった一人の彼を探すことが
どんなに困難なことか実感した。
人混みの駅で歩く人が彼に見える。
頭がグラグラした。
休まねばならなかった。
探すことは体力よりも精神力を必要とした。


【T+90 失踪90日後】
彼がいなくなってから数ヶ月経つ。
彼がいなくなることによって出来たスペースを僕はくだらないおしゃべりとか,妙に忙しい仕事とかで埋めようとしてきた。
僕は,「Time will tell」というのは迷言だとおもう。
時間がたてば…と何度も言われた。
だけど,どうやらそれは,現実とは異なるようだ。
今日も明日も,その次の日も,彼が見つかる日まで…僕たちは一日も忘れることなんて出来ないんだと思う。