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「掲載」は「無料」です!

当協会(以下、MPSと記す)では、以下の条件に該当する行方不明者情報を無料で発信しております。


・行方不明者が申込者の家族(2親等内)であり、警察へ「家出人捜索願」を提出して受理されていること。
・行方不明者の写真(顔・全身)をMPSのHPで公開することに同意すること。
・行方不明者に対し、DV法に抵触する暴力をふるったことが原因によるものではないこと。
・申込者とMPSとの間で電話による連絡がとれること。
・MPSの運営上の決定に異議の申し立てをしないことに同意すること。
・提供情報の著作権がMPSに帰属することを了承すること。


一刻も早く、ご家族の安否のご確認に至ってご連絡が取れるよう、私共も微力ながらできる限りのお力になりたいと思っております。
ご不明点はご連絡下さい。

行方不明者アンケート募集。

ファイル 16-5.pdf

当協会では、現在、「失踪」「行方不明」「家出」中の本人(当事者)からのアンケートを募集しております。

なぜ、家を出たのか?
なぜ、家族へ連絡を取らないのか?
失踪後の生活において困っていることは何か?
など、を教えて下さい。

アンケートに答えてくれた方の秘密は厳守します。
上記「ファイル16-5PDF」をダウンロードのうえ、アンケートにお答え頂き下記までお送り下さい。


<宛先>
NPO法人日本行方不明者捜索・地域安全支援協会事務局
〒182-0025
東京都調布市多摩川5-23-11-402号
FAX:042-426-9301
EMail:info@mps.or.jp

行方不明者のご家族の思い。

2011年7月,兵庫県の自宅から行方不明になっている方のご家族から頂いた手記です。

今回,手記を寄せられたご家族の「他の失踪者のご家族に参考にしていただければ」とのご厚意により当協会HPに掲載の運びとなりました。

残された家族の「不条理」は「時が癒す」ものではありません。
「早期発見」と「真相を知る事」がご家族の癒しになります。

皆様のご協力をお願いいたします。
MPS事務局 古内


【ご家族の手記】

彼がいなくなってから数ヶ月が経つ。
夜になると,彼は様々な気持ちを伴って,僕の頭の中へやってくる。
それは悲しみだったり,諦めだったり,怒りだったり,それから疑問だったりする。
彼が姿を消してからの数ヶ月は,パラノイアに近い状態だったといっていい。
彼の周りのひと,失踪を又聞きしたひと,様々な人々が色々な憶測をした。
あの夜なにが起こったのか、彼はどこへ行ったのか。
人々の妄想の中で,彼は誘拐されたり、薬物中毒になったり、宗教団体に入信したり,自殺を図ったりした。
だけど、これを書いている今も、結局だれも彼の行方をしらない。

時系列で書いていく。T = 失踪当日

【T-60 失踪60日前】
久しぶりに彼に会う。
彼は休日にも仕事の勉強をしていた。
ノートに書かれたものを見せてもらったが,いったいこれは難しいのか難しくないのか…それすらも判別できないくらい僕にはさっぱり理解できなかった。
彼は昔から真面目で四角い地球に住んでいるようだった。
今思えば彼も彼なりに丸い地球に住みたかったのかもしれない。

【T 失踪当日】
その日,彼は会社に現れなかった。
昼過ぎになって同僚の方が彼のアパートを見に行くと彼はいなかった。
ドアはあいていた。
窓も開けっ放しだった。
所持品はすべて置いたままだった。
財布も財布の中身も携帯もパソコンも鍵も…
まるでトイレに出たまま帰らなかったかのようにすべてを置いて
なにも言わずにその日から突然、彼はいなくなった。

【T+3 失踪3日後】
金曜日だった。 
僕は仕事のあと友人と会い,アパートに着くころには午前二時をまわっていた。
携帯を充電しようとして着信がいくつもあったことに気付いた。
彼が失踪した知らせだった。
その日の朝、始発で僕は東京を出た。

【T+4 失踪4日後】
こういう事態のときに落ち着いて判断せよというのは無理な話だろう…
しかし,「もう少し早く知らせてくれたら」と思わずにはいられなかった。
日本人の美徳である遠慮や判断と行動を遅らせてしまう癖は非常事態には取り返しのつかないマイナスになることがある。
興信所に捜査を手伝ってもらう事にした。
ネットでよく広告されている興信所だった。
面会で提示された費用は高額だった。
考えていた額の十倍近くした。
数週間の捜索が行われた。
結果はでなかった。
本当になにもでなかった。
捜索した各所の写真を印刷した分厚い報告書だけが残った。
その興信所はその時期丁度ネット広告に力を入れていたのか毎日ネットサーフィンするたびに広告が何度も現れた。
望まない広告がポップアップするたびに苛立ちとむなしさを感じた
支払った金なんてどうでもよかった。
興信所が出来るだけのことをしてくれたのも知っている。
人間は誰のせいでもないと誰かのせいにしたくなるのかもしれない。

【T+5 失踪5日後】
片っ端から彼の知人すべてに連絡を試みた。
誰かが何らかの手掛りをもっているかと期待した。
失踪数日前に会ったという方も数名いたが結局だれも何も知らなかった。
フェイスブックやミクシィのアカウントも持っていないようでネット上で足跡をつかむこともできなかった。

【T+8 失踪8日後】
彼のアパートに出向いた。
ドアを開けると彼のくつが数足あってすべて入ってきたままの方向を向いていた。
部屋の閉め切った空気と生活感は彼がいなくなった事実を否定するかのようだった。
窓から見えた風景はあまりに普通で地球は僕たち家族を置いて勝手にまわりはじめちゃったんじゃないかと思った。


【T+9 失踪9日後】
警察署に出向いた。
届け出をしておいた担当の方に会うためだ。
とくに捜査はして頂けないとのことだった。
予想はしていた。
現実仕方ないのかもしれないが警察しか頼るところのない成人失踪者のご家族を思うとこれではあまりに不憫だ。


【T+10 失踪10日後】
パソコンを解析してもらうため友人へパソコンを空輸した。
数日間解析ソフトウェアを走らせたがパソコンは驚くほどクリーンだった。
解析の効率を上げるためのコードまで書いてくれたが結果は残念ながら変わらなかった。
彼は履歴が極力残らない方法でパソコンを使用していた。
粉々になった履歴が数件でてきたのみで解析はおひらきになった。
彼の行方に関する手掛りはまたひとつ消えてしまった。
すこしずつ受け容れられない現実がふえていく。

【T+20 失踪20日後】
とあることがきっかけで、僕はこの日,彼の所持金がどうやら限りなくゼロに近いと発見した。
「所持金ゼロなのか…」そう考えた瞬間「ぱちん」と小さな希望が消える音がした気がした。


【T+40 失踪40日後】
再び部屋に向かった。
荷物をまとめるためだった。
ドアを開けるとくつは相変わらずすべて入ってきたままの方向を向いていた。
母の置手紙と携帯電話は前に来たときのままだった。
手紙と携帯電話はとても寂しそうに見えた。


【T+50 失踪45日後】
近隣の山を捜索した。
倒れてしまいそうなくらいじりじりと暑い日だった。
歩けば歩くほどこの広い日本でたった一人の彼を探すことが
どんなに困難なことか実感した。
人混みの駅で歩く人が彼に見える。
頭がグラグラした。
休まねばならなかった。
探すことは体力よりも精神力を必要とした。


【T+90 失踪90日後】
彼がいなくなってから数ヶ月経つ。
彼がいなくなることによって出来たスペースを僕はくだらないおしゃべりとか,妙に忙しい仕事とかで埋めようとしてきた。
僕は,「Time will tell」というのは迷言だとおもう。
時間がたてば…と何度も言われた。
だけど,どうやらそれは,現実とは異なるようだ。
今日も明日も,その次の日も,彼が見つかる日まで…僕たちは一日も忘れることなんて出来ないんだと思う。

笑顔で暮らせる毎日を送っています。

夫の突然の失踪。原因や動機もわからないまま、刻々と時間だけが過ぎていく中襲った未曽有の大震災。失踪から3ヶ月、涙で再開できた奥様より、当事務局宛に感謝のお手紙を頂きました。

笑顔で暮らせる毎日を送っています。

5年振りに家族に笑顔が戻りました。

当協会に相談してから3ヶ月後、5年前に家出した長男との再会が実現したお母様より、当協会にお礼のお手紙を頂きました。5年という長い間のお母様のお気持ちや、家出した長男の思いが綴られています。

5年振りに家族に笑顔が戻りました。

行方不明者の家族へのインタビュー ~残された家族の不条理~

2003年10月6日、兵庫県尼崎市から行方不明になり7年間その所在、生死、失踪の­動機さえわからない「高見 到」さんのお父様へのインタビュー2011/01/08

失踪という「問題」の在り処について――「失踪者」の家族の視点から――(第二回)

京都大学 人間・環境研究科」に在籍する中森 弘樹氏の論文「失踪という「問題」の在り処について――「失踪者」の家族の視点から――」第二回目。

http://mps.or.jp/pdf/201005.bk.pdf

行方不明者問題について 

平成22年4月13日

フランス人ジャーナリストのレナ・モージェさん、カメラマンのステファン・ルメルさん、ベトナム在住のジャーナリストで今回、コーディネーター兼通訳を担当して頂いた森淳さんからの取材訪問を受けました。

今回の訪問の目的は、日本での行方不明者の動機や原因および捜索活動などを取材し「日本の文化や日本社会の現状などを知りたい」とのことでした。

当協会からは事務局の古内と林崎が応対に当たり、約3時間の対談が行われました。

当協会からは主に当協会の活動とその趣旨および日本の行方不明者数、行方不明者の最近の傾向、具体的なケースなどについて話しました。

以下は主な内容です。

・当協会の活動趣旨
1)当協会は行方不明者の問題を各家庭、各個人の問題ではなく社会問題の一つとして考えている。

2)行方不明者に関しては、特に以下の行方不明者の早期発見とその後のケアが必要であり、社会を構成する行政、地域、企業、住民が協力体制を構築することが必要と考えている。
 
①「高齢化社会に伴い増加している認知症高齢者の行方不明」
②「うつ病患者の行方不明者」
③「自殺場所を探すための行方不明者」
④「未成年者の行方不明者」

3)残された家族に関しては、生死が判然としない行方不明者を抱える家族の不条理感を軽減させるための様々な支援(専門家によるカウンセリング・行政への手続方法の助言、法律問題への助言など)

4)行方不明者問題が社会問題であるならば、行方不明者捜索に関わるコストを社会が負担出来るようなシステムの構築。


・日本の行方不明者総数と最近の傾向
1)日本の行方不明者の総数(警察への捜索願いの提出件数)は 毎年、10万人前後プラス・マイナス2万人程度の数であるが、当協会への相談内容を検証すると行方不明者の動機に変化が見られる。

2)以前の行方不明者の動機は借金苦、生活苦、結婚問題、夫婦間の問題、不倫問題などが原因と考えられるケースは多かった。
これは、新たな生活を行うための『前向きな行方不明(当協会の分類)』である。

3) ここ数年は、長期に渡る不景気による失業・就職難などの理由 が増え、所謂ネットカフェ難民の増加とも関連性が考えられる。

4) 失われた10年とロストジェネレーション世代に無目的な失踪が増えている。また、この世代の特徴として、相談できる友人や知人が少なく、独身者であり、厭世感が強い者やうつ病を患っている者は「死ぬ場所を探す目的での家出」を行い、自傷、自殺に至るケースが増えている。
日本では、自殺者が10年以上にわたり、3万人を超えている。
自殺を食い止める為にも、行方不明者の早期発見が必要である。

5) 高齢化社会に伴い、認知症高齢者の行方不明者が増えている。


・具体的なケース
1)発見・保護されたケース(3例)
2)遺体で見つかったケース(2例)
3)未発見のケース(2例)


・次に、レナさんから頂いたフランスでの行方不明者問題に関するお話の概要は以下のとおりです。

1)フランスの行方不明者の総数は年間で1,000人程であり、特徴としては成人の家出は少なく、未成年者の行方不明が多い。

2)未成年者などの行方不明者は犯罪に巻き込まれているケースが多く、特にレイプ、性犯罪などに巻き込まれているケースが多い。

3) 大人の家出では、夜逃げの様な逃亡のケース(新たな生活を行うための『前向きな行方不明』)は少ない。

4) 捜索の手段としてTVなどのメディアを利用しての情報公開も盛んであり、多くの事案が解決している。

5)民間の団体が捜索支援を行うケースも多い。その場合には、各行方不明者毎に捜索支援団体が立ち上げるケースもある。

*これは、家族の家出や自殺に「後ろめたい感情を抱かない」や恥の感情を抱かない」文化的土壌の違いもあると思われる。

*また、情報を公開することは、行方不明者の家族同士が精神的なケアの為に交流を行う際も有効である。

*行方不明者を持つ家族も、自殺者の家族、犯罪被害の家族と同様に大きなストレスを受けるため、精神的なケアは必要である。

6)フランスはEU加盟国であり、スペイン、イタリアなどの他の国と国境を接しているが、行方不明者が国境を跨いで、他の国に行く事例は少ないと思う。殆どが国内で解決していると思う。

7)自殺者は増えており、自殺者の家族と同様に行方不明者の家族も自責の念を抱えている。


上記のとおり、主な日本側とフランス側の行方不明者問題に関する相違は、①「行方不明者の総数と動機」②「行方不明者に関する情報公開」だと考えられる。

①に関しては、フランスの統計を入手し、再度、検証する必要があるが、総数と動機の差異を様々な角度から検証する必要があるだろう。

②に関してはフランスの行方不明者が犯罪に巻き込まれているケースが多いとの話から、事件として行方不明者に関する情報が公開されているとも考えられ、その点は日本の行方不明者問題と違いがあるとも考えられる。

しかし、現在の日本で増えている「高齢化社会に伴い増加している認知症高齢者の行方不明」、「うつ病患者の行方不明者」、「自殺場所を探すための行方不明者」、「未成年者の行方不明者」に関する情報を公開し、早期発見のシステム構築は、日本の社会問題である高齢化、自殺者の増加に対処するために必要なことであると考えられる。


*当協会では、「高齢化社会に伴い増加している認知症高齢者の行方不明」、「うつ病患者の行方不明者」、「自殺場所を探すための行方不明者」、「未成年者の行方不明者」の早期発見のために、行方不明者の移動手段である電車、バス、タクシー会社と協力を行っております。

現在、ご協力頂いている会社様は、次のとおりです。

★東武グループ日光交通株式会社様 
★東武鉄道 日光駅様

電車、バス、タクシー会社様のご協力をお待ちしております。

事務局長 古内

行方不明者家族の悲痛な訴えを聞いてくれる機関の設置を求める。

ファイル 1-1.jpg

高見 到 03年10月6日 より不明                      
                                                       

父、高見 明


私の長男は、大阪府商工労働部に行政職としてデザイン研究センターに勤務していた。平成15年10月6日(月)無届で欠勤、その後一切の連絡又消息が無く今日に至っている。

その間、6年間種々手を尽くして原因及び所在の捜査を行ったが原因についてはある程度わかったが所在についてはまったく不明であり、(既に死亡も考えられる)行方不明当日から既に6年が経過、その間の経済的な負担は大きく(弁護士費用も含む)44歳までの長男の資産整理、マンションのローン、各種保険の継続等、かなりの損失である。

さらに加えて親として長男の死亡は考えられず生存を前提として日々、心の負担に耐え日夜忘れることなく常に心の中に鉛の塊を抱えたままの生活は、筆舌に尽くしがたくまさに地獄の生活である。
長男を知る職場の同僚、先輩、友人、仕事関係の人々は口を揃えて「彼は真面目で優秀である」と云う。私は長男に何か悪いところがあったのではないか…とすべての人々に問うても悪い返事は返ってこない。私としては(息子に)悪い事実があれば、又死亡の事実が判明すれば諦めがつき少しは穏やかに過ごせるものを…と思っています。

現在、行方不明者は年間8万~10万人云われている。その原因はそれぞれ違っているが残された身内、関係者の精神的負担は他人には想像がつかない苦痛を味わっている。

今、社会ではいろいろな社会的不条理に苦しんでいる方々の集まり、全国的な団体活動等があり公的な機関を動かしてその不条理の是正が行われている。行方不明および自殺等に対しての国(行政、警察、検察)の機関も真剣に取り組んでほしい。

行方不明者家族の悲痛な訴えを聞いてくれる機関の設置を求める。

息子に関する情報をお待ちしております。

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