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トレダノ&チャンからB/1.2が登場

今回の第2弾リリースは、ブルータリズムにインスパイアされたデザインの中に、より柔らかな表情が感じられる仕上がりとなっている。

デザインデュオのフィル・トレダノ氏とアルフレッド・チャン氏が、この春、彼らの初作であるB/1の後継モデと名付けられた新作は、タヒチ産マザーオブパールの文字盤を採用し、新たにデザインされた非対称のサファイアクリスタルを通して、その美しさが際立つ仕上がりとなっている。

Toledano and Chan B/1.2
昨年、大胆なデザインとして話題を集めたB/1に続く新作B/1.2は、初作の単なる繰り返しではなく、同じアイデアを新しい形で表現したモデルだ。トレダノ氏はこう語る。「特にアーティストとして、同じことをまたやるのは意味がないと思っていす。それよりも新しい表現をしたかったんです」。デザインの観点から見ると、B/1のデザインをどこまで変えるべきか、そしてその変化が行き過ぎないようにするのは難しい課題だったという。既存のユーザーを引きつけつつ、進化を感じさせるにはどうすればいいのか? ブレスレットとケースの基本構造はほぼそのままだが、文字盤とクリスタルに手を加えたことで、時計全体が一段と洗練された印象に仕上げられている。

トレダノはミッドセンチュリーの無骨なコンクリート建築の憂鬱なイメージに魅了されるかもしれないが、ブルータリズムはその冷たさが特徴のデザインスタイルだ。そんな無機質なデザインに、宝石のように輝く巨大なサファイア風防を組み込むことで、直線的でアシンメトリーな美しさを保ちながら、マザーオブパールが持つ表情を柔らかく歪ませて屈折させた光が繊細に輝く。これによって、前作B/1のやや硬質な印象が和らぎ、より柔らかく洗練された雰囲気を生み出している。

時計のサファイアクリスタルのデザインを巧みに操る手法は、まさにグリマ(編集注:イギリスのジュエリーデザイナー)を彷彿とさせるものだ。トレダノ氏は、オメガのために手がけられたグリマのデザインや、1990年代にジェンタが自身のブランドで発表した多面体ダイヤルを大きなインスピレーションの源だと語っている。私自身は、1940年代のパテック フィリップの独特なクリスタルを思い出さずにはいられない。特にトップハット Ref.1450やアワーグラス Ref.1593のように、厚みのある曲線的な風防がケースの印象を一変させ、文字盤をわずかに歪ませるものだ。

とはいえ、トレダノ氏とチャン氏は独自のアイデンティティを持つ時計デザイナーだ。ジェンタやグリマといった巨匠たちの彫刻的なデザインから強い影響を受けつつも、B/1.2のデザインは彼ら自身の建築的な感性によるものでもある。トレダノ氏はこう語る。「ケースにはまだ手を加えられる余白があって、予想外のアプローチでデザインを続ける余地がありました。その空間はまるでビルの空中権のようなものです。そこに新しいデザインを築く余地が残されている、そんな感覚でした。」

Grima Elegance Watch
B/1.2のインスピレーションとなったのは、アンドリュー・グリマがオメガのためにデザインしたアバウト・タイムコレクションの18Kイエローゴールドウォッチだ。この口コミ第1位のルイヴィトンスーパーコピー 代引き専門店は、長方形のスモーキークォーツ越しに時刻を見るというユニークなデザインが特徴で、1970年に発表された。

B/1から引き継がれた角ばった時針と分針は、ケースの不規則でシャープな形状を反映したデザインとなっている。マーカーを持たない点からトレダノが「曖昧な時計("ish" watch)」とユーモアを交えて呼び続けるB/1.2では、クリスタルによって針がわずかに歪んで見える。彼は「針が特定の時間帯に屈折のちょっとしたニュアンスを加えるんです。それがとても素敵なんですよ」と語る。

文字盤の変更だけにとどまらないいくつかの改良により、価格はやや上がり5700ドル(約89万円)となる。この新作時計は、3月に注文受付および配送が開始される予定である。

我々の考え
2024年はデザイン主導の時計が大いに注目を集めた年だった。時計愛好家全体を代表して断言するつもりはないが、オークション会場、店舗、そしてソーシャルメディアの至るところで、個性的な形状を持つ時計が溢れていたのは間違いない。実際、B/1の発売からわずか2週間後には、オーデマ ピゲのリマスター02が登場し、1970年代を意識したシェイプウォッチのテーマを前面に押し出したモデルとなった。これについてトレダノは、「なんて素晴らしい賛辞だろう。オーデマ ピゲと同じ会話のなかで名前が挙がるだけでも光栄ですよ」とコメントしている。

Toledano and Chan B/1.2
時計批評はしばしば、傍観者たちが一方的に語るようなものに感じられることがある。しかし、何か新しいものを創り出すことが、見た目以上にはるかに困難であることを忘れてはならない。ブルータリズムを時計デザインに落とし込むという挑戦的なコンセプトは確かに大胆だが、既存の価値観に真っ向から向き合い、完全に新しいアイデアを私たちの手首に収まる形で具現化したその姿勢には称賛を送りたい。

もちろん、「完全に新しい」ものは存在しないかもしれない。しかし、個々の要素の組み合わせや、デザインの各層に込められた思考プロセス、そして1970年代のキッチュ、ブルータリズム、モダニズムといった芸術的な流れをミックスし、2025年の市場向けにパッケージ化したその成果には、少なくとも興奮を覚えずにはいられない。

2 Pieces Unique Toledano and Chan watches
B/1を用いた実験的な試みとして、2024年には2つのユニークなモデルがオークションで販売された。左:「B/1」――ケース、文字盤、ラグが主に隕石素材で作られた非対称デザインの腕時計。ストラップにはダチョウの脚の皮革が用いられている。スイス・インスティテュートの支援を目的とした一点物。右:「B/1」――銅を含むカーボンファイバーを素材とした非対称デザインの腕時計で、ブレスレット仕様。サザビーズのために制作されたユニークピース。

トレダノ氏も、私が感じているシェイプウォッチやストーンダイヤルが少し飽和状態になってきた感覚に共感するかもしれない(実際トレダノ氏自身も「ストーンダイヤルはオーバードーズ気味」と語っている)。しかし、逆張りの傾向を脇に置いておくとしても、製品が進化し、時間とともに良くなっていくのを見るのは満足感を覚えるものだ。

B/1.2は、今ではよりエレガントで洗練された印象を与える。これはまさに望まれるべき進化であり、いわゆる2作目のジンクスをうまく回避した好例と言えるだろう。デザインを変更し、改良し、調整し、形を整え、滑らかに仕上げ、全体を洗練させていくようなプロセスこそ、優れた第2作を形作る要素なのだ。B/1.2がそれを見事に実現したことに拍手を送りたい。

Toledano and Chan B/1.2 caseback
基本情報
ブランド: トレダノ&チャン(Toledano & Chan)
モデル名: B/1

直径: 33.5mm(横幅)
厚さ: 10.40 〜 9.10 mm厚(傾斜のかかったケース)
ケース素材: ステンレススティール
文字盤色: タヒチ産マザーオブパール
インデックス: なし
夜光: なし
防水性能: 5気圧
ストラップ/ブレスレット: 一体型ブレスレット

追加情報: B/1はデストロウォッチ仕様(リューズが左側に向くように装着する時計)。

ムーブメント情報
キャリバー: セリタ SW100
機能: 時・分表示
パワーリザーブ: 42時間
巻き上げ方式: 自動巻き

価格 & 発売時期
価格: 5700ドル(約89万円)
発売時期: B/1.2は2025年3月に発売予定。
限定: 200本(予定)

クラシックなスタイルに似合う腕時計とは何か考えてみた。

サイモン・ホロウェイ(Simon Holloway)氏をご存じだろうか? 彼はイギリスのキングストン大学でファッションデザインを学んだのち、さまざまなブランドでキャリアを積み、2022年にはジェームス・パーディ&サンズ(200年以上続く英国の名門ガンメーカー。アパレルはフィールドコートなどを展開)でクリエイティブディレクターに就任し、2023年にダンヒルの舵取りを担うに至った。

ホロウェイ氏の初仕事となった2024年秋冬のコレクションは果たして、これまでのダンヒルのなかでもとりわけ英国クラシックに強くオマージュを捧げたマスキュリンなものとなった。創業者のアルフレッド・ダンヒル(Alfred Dunhill)から130年以上にわたり受け継がれる卓越した英国のクラフトマンシップ、そしてその時々のトレンドに影響を与えてきた革新性に敬意を払ったルックはどれも、テーラリングを下地とした普遍的な魅力のなかにモダンなひねりが垣間見える。 

今冬のトラッド回帰の流れをつくったと言っても過言ではない、ホロウェイ氏のダンヒル。そのルックを前に合わせるべき腕時計を考えたとき、やはり同様に、深い歴史に根差した伝統と男性的なこだわりが同居する“タイムレス・ラグジュアリー”なものがよさそうだと感じた。華美に着飾らずとも、手元に確かな主張を感じさせるマリアージュをぜひ見ていって欲しい。

スタイル1:スリーピーススーツと、共地のチェスターフィールドコート

コート61万9300円、ジャケット37万6200円、ベスト14万1900円、パンツ12万5400円、シャツ8万5800円、タイ4万9500円、シューズ27万7200円/以上すべてダンヒル(ダンヒル ☎︎0800-000-0835)

ホロウェイ氏によるダンヒルのデビューコレクションがお披露目となった2024年2月16日。そのショーの先陣を切ったのが、このスリーピーススーツとコートのルックだった。英国らしい端正なテーラリングが光るスーツはシャークスキンで仕立てられており、2色の糸で斜面織りされていることによる独特な配列模様が佇まいに上品なアクセントを添えている。英国らしいカチッとした空気を感じさせる太めのピークドラペルは実に力強い印象だ。(写真には写っていないが)スラックスはクラシックなベルトレス仕様となっている。ノータックかつハイライズのシルエットをとっている点は、ホロウェイ氏による現代的なアレンジだろう。

口コミ第1位のジャガー・ルクルトスーパーコピー代引き専門店 レベルソ・トリビュート・クロノグラフ 607万2000円(税込)

このルックにおいて注目すべきポイントは、ダンヒルのアーカイブにインスパイアされたというスーツと共地のチェスターフィールドコートの存在だ。コートは軽量な素材を使用しつつ裏地も排しているものの、しっかりと打ち込まれた生地によりさっと羽織った際にも構築的なシルエットを描いてくれる。これによりスリーピースのスーツと“四位一体”であるかのような統一感が生まれており、さらにタイまで同色のグレーでまとめたことで洗練された雰囲気を演出している。

そんな端正な着こなしに合わせたのは、ダンヒルが次々に工房を建て、新商品の展開を精力的に行っていた黄金期である1930年代に生まれたジャガー・ルクルトのアイコン、レベルソだ。ジャガー・ルクルト自体は1833年よりジュウ渓谷に工房を構えるスイスのグランドメゾンだが、レベルソは「ポロの競技中につけられる時計が欲しい」とイギリス軍の将校がオーダーしたことに端を発するモデルである。その出自に英国とのつながりを持つからだろうか、ダンヒルの持つトラディショナルな空気にも馴染んでいるように見える。

その顔立ちこそオーセンティックだが、レクタンギュラーの時計というのはそのフォルムだけで着用者のこだわりが垣間見えるものだ。さらに、特徴的なゴドロン装飾によって古きよきアール・デコの薫りも纏っており、スポーツウォッチでありながら上質なエレガンスも漂う。また、表の顔こそ2針のシンプルなドレスウォッチだが、デュオやこのモデルの場合はひとたびリバースすればひと味違う華やかな装いも可能になる。一見コンサバティブながら、シーンに応じた印象の変化も楽しめるわけだ。伝統を継承しつつも単なるクラシックに収まらないこんな“ひねり”にも、ホロウェイ氏のダンヒルとのつながりを感じる。

スタイル2:ウールカシミヤ フランネル製のダブルブレスト ジャケットを主役としたスリーピーススタイル

ダブルジャケット35万9700円、ベスト13万5300円、パンツ12万1000円、ニット15万1800円、グローブ6万8420円、シューズ27万7200円/以上すべてダンヒル(ダンヒル ☎︎0800-000-0835)

ダンヒルの出自が自動車雑貨店にあることは有名な話だ。19世紀の末、いち早く自動車の需要を察知していたアルフレッド・ダンヒルが1893年に立ち上げたダンヒル モートリティーズがその起源と言われており、以降現在に至るまで“クルマ”はこのメゾンにおける重要な要素のひとつとなっている。そんなダンヒルのバックボーンに敬意を表し、軽やかな仕立てのウールカシミヤ製スリーピースにヴァシュロン・コンスタンタンのヒストリーク・アメリカン 1921を合わせてみた。ヒストリークは1921年、自動車産業の急速な発展で活気にあふれていたアメリカ市場に向けてデザインされモデルである。手首に対して45度傾けられた文字盤は、クルマのハンドルを握ったままでも時刻を読み取れるようにと考案されたものだ。40mm×40mmというケースサイズは数字の上ではやや大きめに思えるかもしれないが、短くとられたラグのおかげか手首上での収まりもいい。

緩やかなカーブを描くクッションケース、日本人の肌に馴染むピンクゴールド、ギラつきを抑えたグレイン仕上げのダイヤルと、そのすべてが柔らかく起毛し、穏やかな光沢を返すウールカシミヤのアンダーステートメントなエレガンスにフィットする。すべてをブラックからグレーのモノトーンであつらえた着こなしのなかで品のいいアクセントとなりながら、決してスタイルの邪魔をしていない。

試しにドライビンググローブをつけてみると、グローブに干渉しないクッションケース、そして一般的な時計なら1時〜2時位置に配されたリューズのポジションがハンドルを握った際にいかに合理的であるかに気がつく。手首の上で確かな主張を放つその特異なデザインには、1世紀を超えた“用の美”が感じられる。

なお、サイモン・ホロウェイ氏はダンヒルのモータースポーツとのつながりにも深い敬意を表している。2024年の秋にはブランドがメインスポンサーを務めるRALY NIPPONとの継続的なパートナーシップを祝う、RALLY NIPPON 2024 CAPSULE COLLECTIONも手がけた。今年のラリーの参加者は彼のデザインによるコレクションを身につけ、ブランドのロゴをあしらったクラシックカーで日本の美しい風景を駆け抜けたという。もちろん今回のスタイリングは、ドライバー向けのものではない。しかし創業から続くモータースポーツのDNAは確かに継承されており、このスリーピースで見せたシンプルながら美しさが際立つテーラリング同様に、ダンヒルのデザインの根底にあるものだ。

ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・アメリカン 1921 602万8000円(税込)

話を時計に戻すが、より控えめな顔立ちが好みならホワイトゴールドのモデルもヒストリークにはラインナップされている。ケース、ダイヤルともにシルバーカラーになるが、ブラックに仕上げられた針が全体を引き締めており、男らしさを担保している。より幅広いシーンでの着用を想定しているなら、こちらをすすめたい。もちろん、メゾンの豊かな歴史に根ざしたクラシックに変わりはない。

素晴らしい時計だけでなく、素晴らしい人々とも出会えた1年を振り返って。

大手ブランドの新作発表は控えめであったし、2025年こそ“大物を投入する”という噂もあるくらいだ。独立系ブランドでさえ同様の印象だ。2024年の新作からお気に入りを選ぶのも、正直ちょっと難しい。ただもし時計の世界を、“話題の新作”や“手に入るかどうか”、“その時計を買えるかどうか”なんてことだけで見ているなら、大事なものを見逃していると思う。ちょっとその話をさせて欲しい。

CC2
宝石のように特別なレジェップ・レジェピ(Rexhep Rexhepi)クロノメーター コンテンポラン IIのムーブメント。それ以上に素晴らしいものがあるだろうか? いや、ほとんどない。

 数カ月前、シンガポールにいた時のことだ。私は午前中のミーティングを終えたばかりで、興奮が冷めやらなかった。そこではウォッチメイキング史上最も驚異的なタイムピースの数々を目にすることができた。それはまるで夢のような体験で、名だたるブランドからまだあまり評価されていない時計師たちの作品まで揃っていた。ウォルター・プレンデル(Walter Prendel)氏が誰だったか、最初に正解した人には一杯奢ろう(ズルはなしだ)。多くの時計師たちはすでにこの世を去っているが、ホテルのロビーに戻ると、The Hour Glassが主催するIAMWATCHの会場でゲール・ペテルマン(Gaël Petermann)氏とフロリアン・ベダ(Florian Bedat)氏を見かけた。彼らはまさに時計業界で新たな一歩を踏み出したばかりの名前だ。

IAMWATCH People
左からラウル・パジェス(Raúl Pagès)氏、ゲール・ペテルマン氏とフロリアン・ベダ氏、そしてテオ・オフレ(Theo Auffret)氏。これはIAMWATCHで撮影したPhoto Reportの1枚だ。

 その日、ゲール氏とフロリアン氏に初めて会ったばかりだったが、私は彼らの隣に座って話始めた。するとラウル・パジェス氏が加わり、彼のビーナス製ヴィンテージムーブメントを搭載した独特なタイムオンリーレギュレーターウォッチについて話し合った。次いでシルヴァン・ピノー(Sylvain Pinaud)氏が加わり、やがてレミー・クールズ(Remy Cools)氏、フランク・ヴィラ(Franc Vila)氏、マニュエル・エムシュ(Manuel Emch)氏もやって来た。全員が席につき、話はますます盛り上がった。カリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏やレジェップ・レジェピ氏、そしてほかにも数人の時計師たちが顔を見せたり、共に一杯飲んだりした。私たちはスツールや椅子を引っ張り出し、廊下を塞ぐほどの人だかりをつくった。そして新たな参加者が加わるにつれて、会話は自然と英語からフランス語へと移り変わっていった。

最信頼性の日本リシャールミルスーパーコピー代金引換専門店!こういう状況には慣れている。もし自分が典型的なアメリカ人ではなかったら、今ごろフランス語か、もしかしたらイタリア語くらいは習得していただろう。でも言葉がわからなくても、ただ座って笑顔を浮かべ、素晴らしい仲間たちと過ごす時間に喜びを見出すことには慣れている。そのうち冗談はますます賑やかに、そして(おそらく)おもしろくなっていった。するとゲール・ペテルマン氏が身を乗り出し、冗談をすべて訳し始めた。私は彼に“訳さなくても大丈夫、本当に平気だから”と伝えた。すると彼は、私が一生忘れられない、そして心から感謝する言葉をかけてくれた。

Petermann Bedat Rattrapante
ペテルマン・ベダのクロノグラフ ラトラパンテ。

「僕がかつてランゲで働いていた時、ドイツにいて会話(ドイツ語)についていけず、しばしば疎外感を感じていたのを覚えている。君には同じ思いをして欲しくないんだ。それは大切なことだから」

 こういう小さなことというのは本当に大切だと思う。IAMWATCHのレポートでも触れたけれど、ペテルマン氏、ベダ氏、パジェ氏、クールズ氏といった面々が次世代の素晴らしい時計を生み出してくれることに、私たちは安心していい。ただ少し時計の話は脇に置いておこう。時計は買えるか買えないか、手に入るか入らないか、いいか悪いか(それは好みにもよるけれど)で評価されるものだ。素晴らしい時計は、それ自体が語りかけてくるはずだ。だけど人は違う。大切なのは“人”なのだ。そしていい人たちは特別だ。たとえばゲール氏のように。

 私は本当に運がいい。特別な人たちと同じ時間を過ごす機会、そして年間を通して何百万ドルもの価値がある特別な時計を手に取る機会にも恵まれている。そんな経験をとおして、自分が本当に大切に思うことが何なのか、少しずつわかってきた気がする。最近、ある友人(自分自身も思慮深いコレクターだ)がこう言った。君はたくさんの時計を見てきて、何がよくて何がそうでないかを理解しているから、そこそこいいものを手に入れることに満足できなくなるんじゃないか、と。確かにそのとおりかもしれない。でも実際には、これを仕事として続けられていること自体が幸運だと思っているし、HODINKEEで働くことが、どれほど多くの扉を開いてくれるかもよくわかっている。それに私は、だいぶ上手く見分けられるようになったと思う。自身の興味や情熱を本当に理解してくれる人と、ただ単にお墨付きが欲しいだけの人を。ビジネスだからそこに善悪の判断はない。でもだからこそ、前者は特別なのだ。

Rexhep Rexhep CCII
レジェップ・レジェピ クロノメーター コンテンポラン II ルビーは、2024年に見たなかで最高の時計のひとつだ。

 時計について言えば、良い時計とそうでない時計を分ける基準を明確にするのは難しい。見て、触れて、じっくり観察し、その仕組みや成り立ちを理解しようと努めることで、ようやく見えてくるものがある。その時計自体が(あるいはそうあるべきだが)すべてを物語る存在であり、心を動かすものでなければならない。時計について文章を書くとき、私は感動したものに焦点を当てる。そして多くの人に憧れを抱かせるようなライターでありたいと思う。それはかつて私自身がHODINKEEの読者だったころと同じように。

Greubel Forsey Double Balancier
2024年の初めに実機レビューを行った、グルーベル・フォルセイ ナノ・フドロワイアントEWT。

Ruby Daytona
現在製造されているなかで、おそらく最も希少なデイトナを、シンガポールで目撃した。

 私は相変わらず、あまり時計を買わない。ほとんど買わないと言っていい。昨年は何本かのスピードマスターやグランドセイコーを試してみたり、とても特別なランゲを買うチャンス(友人へ、そのことについて話し合いたい)や、ほかにもいくつか気になるものがあった。でも結局、どれも見送ることにした。その代わりに“擬似体験”を楽しみ、その経験をみんなに届けることができた。それは本当に特別な経験だ。私の記事を読んだあと、実際に時計を購入したという話を聞くたびにいつも驚かされるし、そういう人には心からおめでとうと言いたい。そしてそれが叶わなかった人たちには、私が少しでもその体験をうまく伝えられていたならうれしい。

Furlan Marri Secular Perpetual Calendar
スイスのル・ブラッシュで撮影したファーラン・マリ セキュラーパーペチュアルカレンダー(Only Watch出品モデル)。この時計はチャリティオークションにて、13万スイスフラン(日本円で約2250万円)で落札された。昨年、アンドレア・ファーラン(Andrea Furlan)氏と交わした会話は、私にとって最も楽しく、そしてウォッチメイキングの未来に対して最もワクワクさせられるものだった。

 今年は高額な時計だけでなく、私のような者でも真剣に購入を検討できるような手ごろな価格帯の時計について、もっとしっかり取り上げていきたいと思っている。実際2024年は1年を通じてその隙間を埋めるような時計はいくつか登場した。M.A.D.1S、テオ・オフレのスペースワン、マッセナ・ラボとラウル・パジェス氏によるコラボレーション、そしてファーラン・マリがドミニク・ルノー(Dominique Renaud)氏やジュリアン・ティシエ(Julien Tixier)氏と共につくり上げたセキュラーパーペチュアルカレンダーなど。2025年はこういった取り組みがもっと増えることを期待しているし、それによって私自身、架空の自分ではなく、本当の自分に忠実でいられるような気がしている。

Renaud Tixier
ジュウ渓谷にあるジュリアン・ティシエの工房での1枚。ドミニク・ルノー氏とジュリアン・ティシエ氏を訪ねたことは、2024年のハイライトのひとつだった(ドミニク氏が約束してくれたバーベキューはまだ実現していないけれど)。

 しかし、もし時計そのものだけが大事だと思っているなら、それは物語の半分、いやそれ以下しか見えていないのかもしれない。本当のストーリーとは時計が生まれる前後、そしてその周りに広がるすべての要素だ。そこには、彼らがなぜこの仕事に情熱を注ぎ、どれほどの技術や情熱を持っているのかが詰まっている。彼らがどのように時間を過ごし、どんな友情を育み、どんな趣味や家族との時間を大切にしているのか...そのすべてが、私たちが憧れる“時計”という作品に影響を与えている。それは人との接し方にも現れる。重要なのは文字盤に書かれた名前ではなく、その名前の向こう側にいる人間なのだ。

CC2
レジェップ・レジェピの工房にて。彼には私に売る時計はないし、買うこともできない。でもいつも彼には冗談めかしてこう言うのだ。「最初の1600人がCC17を手に入れたあと、ちゃんとリストに載せてもらえるように頑張ってるんだよ」

 正直なところ、こうした時計師たちはすでに業界のセレブとも言える存在だ。ジュネーブで毎日何十人もの人が彼を訪ねてくる状況で、レジェップがどうやって仕事を進めているのか、私にはまったく想像がつかない。その一方で私の友人のなかには、コレクションの一部を手放している人もいる。パンデミック後の熱狂が落ち着いた今、かつて大好きだったブランドとのつながりを感じられなくなってしまったからだ。こういった状況を避ける一番良い方法は、自分の心に響く仕事をしていて、たとえ彼らが何も売るものを持っていなくても、自分がそもそも買い手ではなくても、一緒に時間を過ごしたいと思えるような人物を見つけることだ。

 こういう人間に焦点を当てた視点は、10年間ジャーナリストとして働いてきた経験から来ているのかもしれない。私の仕事はずっと人とその経験を追いかけることだった。サウスダコタ州の田舎町に何度も足を運んだのも、単にストーリーを伝えるためだけではなく、そこに暮らす人たちを心から好きになったからだ。あるいは私が10万ドル以上の時計を買える日は、永遠に来ないだろうと自覚しているからかもしれない。その現実を受け入れることでむしろ解放された気分になり、時計業界を別の角度から見られるようになった。だからこそ今、私の興味は時計そのものではなく、その時計をつくった人に向かっているのだ。

Max Büsser at IAMWATCH
IAMWATCHでのマックス・ブッサー(Max Büsser)氏。そのときのハイライトのひとつは、彼との朝食会(ミート&グリート)で200人もの人々が彼と写真を撮るために列をつくっていた光景だ。これほど多くの人に称賛されるということは、彼が確実に何か正しいことをしている証拠だろう。

LM Sequential
MB&F LM シーケンシャルの新しいフライバックバージョン、実機レビューでの1枚より。

 たとえば、2023年のドバイウォッチウィークでのスティーブン・マクドネル(Stephen McDonnell)氏の講演だ。あまりの内容に、ジェームズと私は言葉を失うほど圧倒された。あれはきわめて貴重な洞察と、それを生み出す希少な頭脳の完璧な結晶だった。あの瞬間、マクドネル氏と1日一緒に過ごして、彼がどんなふうに世界を見ているのか知りたいと思った。

Fabrizio Buonamassa Stigliani
これは少しズルかもしれない。この写真が2023年のものだからだ。でもファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ(Fabrizio Buonamassa Stigliani)氏は、おそらく私が仕事以外で時計業界の人間として最もよく話す相手だ。そして彼が、世界中を旅しながら投稿する写真のひとつひとつを、いつも心から楽しませてもらっている。

 今年こそ、それが実現できるかもしれない。そしてマックス・ブッサー氏のチーム全体もまた、毎年私が接するなかで最も誠実で温かい人たちだ。いずれにせよ、スティーブン・マクドネル氏の才能とマックス・ブッサー氏の優しさとビジョン、そして彼のチームへの僕の心からの敬意が重なり合い、今ではMB&F LM シーケンシャルが私の夢の時計になっている。

 あるいはファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ氏が撮る、美しいお気に入りの場所の写真かもしれない。それらをとおして、彼がどのようにそのビジョンをブルガリのデザインに反映させているのかが見えてくる。また彼のジウジアーロセイコーへの愛やデザイン、歴史の広い世界を恐れずに受け入れるそのスケッチも印象的だ。彼はローマンメゾンの枠を超えた視野を持っている。

 最後の部分、つまりブランド中心主義に縛られないその自由な視点こそ、私がファブリツィオ氏とブルガリをさらに愛する理由だ。

Hodinkee Japan
Watches & Wondersの期間中に行われたミートアップにて、HODINKEE Japanチームとベンの1枚。

 そしてHODINKEE Japanの仲間、関口 優、和田将治、佐藤杏輔たちだ。彼らは、私がジョン・永山氏や大塚ローテックに関するストーリーを書く手助けをしてくれただけでなく、日本の伝説的なショップへの忘れられない訪問という夢のような体験を提供してくれた(この話はまた別の機会にしよう)。そしてホーマー・ラファエル・ナルバエス(Homer Rafael Narvaez)氏、ジェイ・リウ(Jay Liu)氏、エリオット(Elliott)氏、ケン(Ken)氏、そしてほかのTokyo Watch Clubの仲間たちなど、彼らは1週間何の迷いもなくガイド役を引き受けてくれた。

 あの週、私たちは本当にたくさんの素晴らしい時計を見た。ただそれ以上に、遅い夏の暑さに汗をかきながら気軽な居酒屋やバーで飲み食いしたり何杯ものつけ麺を楽しんだ時間が、私にとっては何よりも意味のあるものだった。

Food in Japan
日本で友人たちと楽しんだささやかな食事。空港に着くと、初対面の友人を含む仲間たちがiPadのサインを掲げて迎えてくれ、そのまま安くて美味しい焼き鳥屋に連れて行ってくれた。これ以上の歓迎があるだろうか。

John Nagayama
Four + Oneで登場したジョン・永山氏。多くを語らない人だが、素晴らしい時計を数多く持っていた。

 だからこそ、HODINKEE Magazine Vol.13では業界の伝説的存在であるジャン-クロード・ビバー(Jean-Claude Biver)氏について書いた。これまで彼については数えきれないほどの言葉が費やされてきたから、もう語るべきことは残っていないように思えるかもしれない。

Jean-Claude Biver
ジャン-クロード・ビバー氏。これ以上何を語ることがあるだろうか?

 誇りを持って言えるのは、これまで語られたことのないジャン-クロード・ビバー氏の個人的なストーリーの新たな側面を示せたと思っていることだ。そしてそれは、彼が70代にして(再び)新しいブランドを立ち上げることを選んだ理由に対する理解を、読者に深めてもらえるものだと信じている。

 もし人がいなかったら、時計師、デザイナー、コレクター、そしてコミュニティ(世界的な時計クラブであるRedBarの仲間たちや、世界中で出会った人たち)、時計業界そのものが存在することはなかっただろう。もし私と友人でありながら、ここで名前を挙げなかったとしても、この文章を書きながら君のことを思っていたことは知っていて欲しい。この時計の世界を特別なものにしてくれるすべての人に、心から感謝する。

 今年もまた会おう。共に素晴らしいストーリーと、忘れられない思い出をつくろう。きっと最高の時計もいくつか登場するはずだ。